夏祭浪花鑑~藤太夫義平次VS織太夫団七

2023年5月20日
令和5年度5月文楽公演第三部を観てきました。
当日の公演は『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』です。

夏祭浪花鑑について

公式サイト→https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc18/natsu/index.html

 舞台は粘りつくように暑い大坂の夏。団七九郎兵衛(だんしちくろべえ)、一寸徳兵衛(いっすんとくべえ)、釣船三婦(つりふねさぶ)という3人の侠客の義侠心と、その女房たちの侠気を描きます。江戸前の「男伊達」とは異なり、生活感にあふれる大坂の侠客たちの姿が見どころです。団七と徳兵衛の達引き、自ら顔に焼けた鉄弓を押し当てて性根[心の持ち方・腹の据わり方]を見せる女房、夏祭りの興奮と塀一重隔てた陰惨な舅(しゅうと)殺しなど、ストーリー展開の妙といくつもの山場が見る者を引きつけてやみません。市井の出来事を素材とした世話物ながら、時代物にひけをとらないドラマとして描き得る可能性を示し、現代に至るまで活力を感じさせる作品です。

文化デジタルライブラリーより抜粋

主な登場人物

玉島磯野丞たましまいそのじょう(清七)…和泉国(現在の大阪府南西部)浜田家の諸士頭・兵太夫の息子。傾城の琴浦に入れあげるなど身持ちが定まらず、兵太夫から勘当される。

琴浦ことうら…磯野丞と恋仲の傾城。磯野丞の同僚・大島佐賀右衛門に横恋慕され、その身を付け狙われる。

大鳥佐賀右衛門さがえもん…浜田家の武士。琴浦に横恋慕し、磯野丞に放埓ほうらつを唆すなど、磯野丞を貶めるために様々な画策をする。

団七九郎兵衛だんしちくろべえ…生業は魚屋であるが義侠心に富む。佐賀右衛門の家来と喧嘩したかどで牢に入ったが、兵太夫の計らいで赦免される。

お梶…団七の女房。かつて玉島家に奉公していた。磯野丞の母の依頼で、茶屋に入り浸る磯野丞を屋敷に戻すための芝居を打つ。

一寸徳兵衛いっすんとくべえ…備中(現在の岡山県)の出身で玉島家に恩義がある。罪を得て出奔、身を落としているところ、お梶に頼まれて、磯野丞を屋敷に戻すためのひと芝居に参加した。

お辰…徳兵衛の女房。夫が備中で犯した罪が許されたため、大坂に迎えに来た。夫同様、玉島家への恩義を忘れず義侠心を持つ。

釣船三婦つりふねさぶ…大坂の老侠客。牢に入れられた団七や、その妻子、勘当された磯野丞の面倒を見るなど、義侠心に厚い。

おつぎ…三婦の女房。かつては鉄火肌であった夫の起床をよく心得る、肝のすわった女性。

お中…磯野丞が町人・清七として奉公する道具屋の娘。清七と恋仲になる。

伝八…道具屋の番頭。お中に横恋慕し、清七の追い落としを謀る。

弥市…道具屋に出入りする仲買。伝八や義平次と謀って、偽の香炉を使った騙りに参画する。

道具屋孫右衛門まごえもん…道具屋の主人。娘のお中のみならず、周囲の悪人からの計略に追い詰めれらる清七の身をも案じる。

パンフレットより 以下、引用はパンフレットより

相関図は↓へ
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc18/natsu/himotoku/jinbutsu/index.html

演目

住吉鳥居前の段(三段目)
内本町道具屋の段(四段目)
釣船三婦内の段(六段目)
長町裏の段(七段目)

まとめ

本作は群像劇で、登場人物それぞれに見せ場があるのがいいですね!

何と言っても、クライマックスである『長町裏の段』でしょう!
「おーーーーーい!まったーーーー!」と駕籠を止める織太夫さん扮する団七と、琴浦を佐賀右衛門に渡して大金をせしめたい藤太夫さん扮する義平次の大立ち回り。

この場面は一人一役ということもあり、お二方の掛け合いが絶妙です。
藤太夫さんが隣に座っている織太夫さんに食ってかかっている事もあり、火花がバチバチに散っている緊張感のある舞台になっていました。

そして、団七の着物を模した裃を着た織太夫さんは、何か憑りつかれたような狂気が。
まるで親殺しに腹を括った団七そのものになっているようでした。

幕間に賑やかな祭り囃子の音。
奇しくも公演期間中に4年ぶりの神田祭、三社祭が開催。
当日は暑かったこともあり、夏祭りを想像しながら帰路につきました。

住吉鳥居前の段

 現在の住吉大社は周囲に埋め立て地が広がりますが、往時は白砂に波が押し寄せる風光明媚ふうこうめいびな地でした。芝居に描かれる春頃には潮干狩りで、また、紀伊街道や高野街道とも通じており、参詣客で賑わっていたようです。お梶が赦免しゃめんとなった夫・団七を迎えに来る場面から、三婦・磯野丞・琴浦・徳兵衛と主要な人物の姿を見せ、巡り合わせる展開が巧みです。

住吉鳥居前の段(口)

駕籠舁(かごかき)が小ずるく金を徴収しようと
磯野丞の乗る駕籠を揺らしたり、身ぐるみ剝がそうとしてました。
なかなかの悪どさですね。

三婦に軽くいなされ退散する姿は、小悪党と言ったところでしょうか。
それにしても磯野丞弱いな(;’∀’)

住吉鳥居前の段(奥)

徳兵衛と団七、喧嘩から義兄弟の契りをするところが見どころです。

喧嘩は茶店の立札を持って鍔迫り合い。
…のところに辻札で仲裁に入るお梶が男勝りで驚きました。
侠客の女房は大胆ですね。

義兄弟の契りはお互いの片袖を交換。
団七→『磯野丞を世話して片腕にする』
徳兵衛→『磯野丞を袖にしない』

内本町道具屋の段

 この場面(四段目)とそれに続く「道行妹背みちゆきいもせ走書はしりがき」まで、物語の前半は清七(磯野丞の仮の名)が中心と言えます。清七を軸に、立場が異なる人々の対照の妙が、随所に垣間見えます。柔弱でありながら武士・磯野丞としての矜持きょうじも備えた清七の性格は、魚屋・団七の威勢や漢気、番頭伝八や仲買弥市といった商人の強かさ、そして侍姿に扮した義平次の怪異さと対照的です。義平次の卑しいまでの強欲ぶりは、婿である団七の心、そしてこの後の物語に暗い影を落とします。大道具が転換すると、舞台は夜更けの番屋。伝八を滑稽に描いた後は、清七による弥市殺し、清七とお中の逃避行への急転します。

内本町道具屋の段(口)

琴浦がいるのに、お世話になっている道具屋の娘といい仲になるとは、磯野丞はモテますね。

香炉の話、最初はあまり疑いを持っていませんでしたが…

内本町道具屋の段(切)

ヲヲこなたは舅の三河屋義、イヤみかけたやうな御侍

侍に扮した三河屋義平次・番頭伝八・仲買弥市、全員一味だったんですね。
義平次と弥市は金、伝八はお中ですか。
徒党を組む悪党の連携プレー、頭が下がります。

舅が悪党だとわかった団七の胸中、いかほどだったのでしょうか。

・清七(磯野丞)は、自分を陥れた伝八を斬りたかった。
・弥市が清七からだまし取った分け前を持ってきたから、一味と分かり斬った。
・伝八は暗闇なので弥市と間違えて清七に金を渡した。

上記の間違いがあり、清七はお中と逃避行へ。

釣船三婦内の段

 「賑はしき難波高津こうづの夏神楽」大坂の夏祭りの風情が、冒頭から満ち溢れます。おつぎが用意する「あじの焼き物、摺り立て汁に皮なます」や、獅子舞が門に立つ風景は、祭りの風物詩でした。ここでも人々の立て引きが織りなされます。その極みにあるのは、若い女性ながらも侠気を見せるお辰ですが、それを引き立てる、苦労人であり洒脱しゃだつさも兼ね備えた三婦の存在は見逃せません。人情の機微を熟知したこの老人が、あらゆる局面に関わることで、人物たちの難しい立場を浮き彫りにさせ、「一分を立てる」(もしくは「立てられない」)局面を生み出します。ここでは、色気を消すために顔を傷付けるというお辰の思いもよらない行動があり、それを受けての「できた、えらいものぢゃ」という三婦の嘆息に、観る者も共感します。悪巧みに加担する義平次の登場により、熱く胸を打つ場面から一転、先行きに暗雲が立ち込めます。

釣船三婦内の段(切)

徳兵衛の女房・お辰の心意気に胸が熱くなりました。
磯野丞のためにここまでやるお辰の姿に、三婦とおつぎも得心。

一方、お辰に応えたのかはわかりませんが
三婦も願掛けの数珠をついに断ち切り、乗り込んできた二人を相手に大暴れ。
穏やかな人を怒らせると、後が怖いでしょうなあ(;’∀’)

冒頭、悋気を起こした琴浦に対して
「据え膳と鰒汁を喰わぬは男のうちではないわいやい」と言い放つ磯野丞。
羨ましいったらありゃしない…。

釣船三婦内の段(アト)

言葉巧みにおつぎを説き伏せ、琴浦を駕籠に乗せ連れ去っていく義平次。
駕籠を追いかける団七の焦りが、祭囃子のテンポと相まって見事に表現されています。

長町裏の段

 強欲で計算高い義平次、それを必死に説き伏せる誠実な団七、対照的な義理の親子が、宵闇に激しく火花を散らします。祭りの遠景、図らずも傷害に至る偶然の悲劇、そして凄惨な殺し場
ーこの人間ドラマのクライマックスといえる場面です。一本気な団七も、複雑な人間関係に心が千々に乱れる中で決断を迫られ、葛藤します。「男を立てる」ことの難しさや犠牲が、この一段で見事に描き出されるのです。

ムムこりゃモウ是非に及ばぬ、毒喰はば皿

腹を括ってからの団七は、行雲流水の如く、心を鬼にして親殺しを敢行。
事が終わってから井戸水で血を洗う姿は、驚くほど冷静でした。

悪い人でも舅は親、南無阿弥陀仏

筆者も父親に対して殺意を持ったことがあったので、
究極の選択で揺れている団七の気持ちがよくわかりました。
実際に実行したら同じような感覚になったのでしょうか…。

夏祭りの賑やかさと対照的な、二人の張り詰めた掛け合い。
藤太夫さん・織太夫さんの熱演もあってか、会場の熱気は最高潮でした。

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